れら


 夕。私が、足を止めた。務めは済んでいる。邸を、見つめる。そして。
「泰明、帰るな!」
 師の言葉が、響いた。待つことを、選ぶ。胸は、痛む。
「はい……」
 怯みながら、聞こえるよう努める。拒めない。私の傍でお師匠は止まった。ゆっくり瞳が瞼で包まれる。
 美しい言葉が、響く。邸の傍は、一瞬で優しさに守られた。
「すまない。少し力を強めようと思った」
 師は、すぐ穏やかさを表した。そっと、見つめる私。優しく包まれるようだ。お師匠と、語れる。邸に移る数
瞬、待つよう教えた。振るう、師は美しい。弱まった力を強めようと。悪は、寄れない。
「お師匠」
「――泰明。寒くないか?」
 そっと、見つめる。足が、竦んでいたとき。お師匠に、微笑まれた。やっと、ゆっくり呼吸する。そして。
 少し、苦しさは残った。消えない。
「拒まぬ、のですね」
 静かに、伝える。
 止められた刹那、師の傍で見つめられないのかもしれぬと苦しんだ。今は、優しさが包む。傍で、微笑みも
待つ。だが、苦しさは浅く刻まれていた。
 師に、見つめられる。呆れさせてしまったかもしれない。呼吸も、苦しい。耐える。ひとりで、きっと癒せ
る。
 だが。
「すまない。苦しくさせた」
 優しい、手。すぐ、私の身体は包まれた。優しい、腕。不安が、一瞬で和らぐ。
「――お師匠」
 不思議な術のようだと思う。許可され、胸は、幸せで埋められる。闇に、苦しまぬ。静かな言葉も、癒してく
れた。
 邸に移らぬ場所で、包まれる。少し、呼吸は苦しい。だが、歩まぬ。
 優しい腕に、安らいだ。



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