りだ


「おっ」
 眠りの挨拶が近付くとき。天狗は、静かに決めた。得てみせる。枝から、素早く低いところに移る。
 足が、地に接する。思っていたよりも響く音。反省する。着地で、少し調子に乗り過ぎた。
 静寂を持つ目に、見つめられる。少し驚いたらしいが、呼吸は荒くない。近すぎる距離。傍で、静かな声を聞
く。
「天狗。距離を確認しろ。少し、鎮まれ」
 声の主、泰明が、訴える。天狗は、ゆっくり呼吸する。
 先ほど、務めを済ませ横切る彼に見惚れた。傍で話すことを求め、すぐに、移った。
「足が急いた。悪い、泰明」
「天狗ならば飛ぶ強さを調節出来るだろう」
 風に包まれる。天狗の謝罪。直後に、声は聞こえた。
 彼の言葉に、異論を唱えるつもりはない。着地する力。調節も難しくはない。泰明を惑わせたくないとは、思
っていたが。
 少し、彼に寄る。言葉をそっと探し、知らせる。嘘もない。
「会えないと思った。泰明が見えたとき、嬉しくてな」
 間違えるはずのない横顔に見惚れた刹那。気持ちが、零れる。今日は通常よりも彼の帰りは遅く、会えぬ寂し
さは残るかもしれないと思っていた。美しさが得られれば、嬉しい。思わず、飛んでいた。
 泰明の瞳が教えてくれる。少し、惑っているらしい。言葉が欲しい。天狗は待つ。視線を逸らさない。しばら
く、目視したとき。
「――おかしなことをする。馬鹿」
 少し、非難された。賛辞ではない。だが、礼を欠くと反論する気もない。
 泰明の頬は、薄い紅。愛らしく、安らぐ。
 夜もすぐに訪れる。約束はないので、疲労していると察している彼をずっと引き留めはしない。だから、せめ
て。
 泰明をずっと見つめられる、最初に着地した場所。天狗は、そっと歩む。
 彼は少し横を向いたが。拒否の言葉もない。
 天狗は頷き、美しさを目で学んだ。


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