立方体と傾き


「晴明」
 窓の外から、私を呼ぶ声が聞こえた。すぐに立ち上がり、窓際へと行く。
「良く来てくれた、天狗。上がってくれ」
 解錠し、窓を開けながら、そこにいる彼に声をかけた。
「邪魔するぞ」
 靴を脱ぎ、素早く中に入る天狗。寒い中、私の願いを聞いてこの家まで来てくれたことが、嬉しかった。
 日付は、あと少しで変わってしまう。だが、今日は聖夜である。彼と泰継をこの家に招き、泰明も交えた四人
での宴はもう済ませた。
 とても楽しく過ごせたが、やはり天狗とふたりの時間も欲しい。だから先日、彼に告げたのだ。泰明と泰継が
寝静まった頃、もう一度この家に来て貰えないだろうかと。天狗は、それを受け入れてくれたのだ。
「好きなだけ寛いでくれ。それから、これも用意しておいた」
 ソファーに座った彼の隣に腰かけ、卓上の箱を見せる。
 私の誘いを承知した後、天狗は酒に合いそうなものを互いに贈り、ふたりで乾杯しないかと提案したのだ。も
ちろん、私もそれに賛成した。卓上にあるのは、彼のために選んだ品だ。
「……ありがとう。中、見るぞ」
「構わない」
 穏やかに笑う天狗に、頷く。気に入って貰えると良いのだが。
 彼はゆっくりと箱を開けて行く。そして中を見て一瞬目を見開いた後、もう一度視線を私に向けた。
「……美味そうだな。儂からも、これを渡そう。ほら、開けろ」
 唇を綻ばせながら、天狗は持っていた小さな紙袋をこちらに投げた。
 彼に贈ったのは、質の良いチーズのセットだ。どのような酒にも合う上品な味わいらしい。
 贈りものは喜んで貰えたようだ。そして彼も、きっと良いものを選んでくれたと思う。
 紙袋から箱を取り出し、出来るだけ慎重に綺麗な紙を剥がしてから、そっと開けた。
 薄い鈍色の小さな立方体が、綺麗に並べられている。
「初めて、見る品だ」
 彼に、告げる。
「石のアイスキューブだ。まあ、取っておいてくれ。もちろん冷えているぞ」 
 天狗は中の立方体を指し、唇を動かした。
 アイスキューブ。冷やせば繰り返し使うことの出来る、氷のようなもの。存在は知っているが、石で作られた
ものがあるとは驚いた。
 そっと、指で表面をなでる。手触りも良く、美しい。天狗らしいと、思った。
「ありがとう。では、早速用意しよう。手伝ってくれるか?」
 このキューブを入れたグラスを傾けながら、チーズを味わい、彼と話したい。
「もちろんだ」
 天狗は、笑顔で頷いてくれた。

 グラスとウイスキーを手早く用意し、チーズを皿に並べる。
 そして、キューブをグラスに入れてから、そっと酒を注いだ。
 グラスを手に取り、そっと振る。とても、美しい音がした。
 小さな音も良く聞こえる、静かな空間。おかげで、隣にいる人の存在をより強く感じることが出来る。
「――良い音が、したな」
「……そうだな」
 告げる私に、彼は優しい声で同意してくれた。
 目が合った、そのとき。
 天狗はその唇で、私のそれをゆっくりと塞いだ。


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