るさ

 
 夕。私が、書を込めた。
「天狗」
 傍が映る。私の呼吸は静まる。庵で過ごせる。すぐに、見てくれた。
「済んだか。泰継」
「夕を、準備する」
 言葉に、頷く。天狗といられるのだ。
 庵で、夕は摂れる。任務を済ませ、書を読み過ごしていた。今は、調理だ。
 書は、静まった。表紙に、手は添える。
「儂の番だ。休んでいろ……」
 彼は、途中で黙した。移らない。思慮して、いるのだろうか。
 しばらく、待つ。だが、歩まない。傍に移る。私が、訊いた。そっと、呼吸する。
「天狗、傷か?」
 瞳が、少し潜む。痛みに苦しんでいるのだろうか。彼を見つめる。私の胸は、辛い。
 少し、待つ。だが。
「泰継は、ゆっくり過ごせ。痛まないから」
 優しく、微笑まれた。少し、安堵する。だが。
「無理に、歩まないで欲しい」
 天狗はいつも守護してくれる。私を安堵させる言葉である可能性も否めない。彼を映す。無理はせぬよう、願
った。
「本当だ。傷はない。泰継」
 刹那、天狗は私を惑う様子もなく見つめてくれた。つい、見惚れる。そして、彼は手を伸ばした。驚く。
 私の手首が、捕えられた。悟れず、天狗を見る。だが、痛みはない。そっと掌に読まれる。
「つつ、まれる」
 私が、呟く。そして。
「表紙の手に、見惚れた。美しさが響く。儂にも、触れてくれるか?」
 彼は目を逸らすことなく、囁いた。美しい瞳に、胸は答える。
 先ほど、表紙に添えた手。目に映してくれる。褒められた、らしい。
 手に、価値はないと思う。だが、天狗に求められることは、嬉しい。
 頬が、熱い。彼の目は見ずに、そっと頷く。そして。私の指が、手首ごと上に移る。
 指は、手首ごと彼の唇に移された。


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