遮ってくれるのならば

「泰明、そちらへ行っても良いだろうか?」
 宴の終わった、静かな夜。部屋の外から師の声が聞こえ、泰明は視線を扉へと移した。
 十二月二十四日。聖なる夜。つい先ほどまで、泰明と晴明は天狗と泰継も交えた宴に参加していた。
「はい、何でしょう」
 賑やかな宴も楽しかったとは思うが、師とふたりでゆっくり話を出来るのは嬉しい。そう思いながら返答する
と、晴明はゆっくりと部屋の中に入って来た。
 師は身体の横と肘の間に箱を挟みながら、椅子に腰かけている自分のもとへと歩み寄って来る。
「――これを、渡そうと思ってな」
 すぐ傍に立つ晴明と、目が合ったとき。綺麗な袋が、差し出された。
「これは……」
 泰明は驚いて、呟く。視線を逸らさず、師は言った。
「お前に、贈ろうと思ってな。箱を、開けてくれるか?」
 今日は、だ。晴明は、自分のために贈りものを選んでくれたのだろう。
「はい……」
 そっと手を伸ばしてそれを受け取り、出来る限り慎重に袋を開ける。
 中には、透明なビニールで包まれた布製品があった。
「カーテンだ。今すぐに新調する必要はないかもしれないが、たまには部屋の雰囲気を変えるのも良いだろうと
思ってな」
 ビニール越しに贈りものをなでたとき、晴明の声が聞こえた。
 この部屋にあるカーテンは決して古びているわけではない。だが晴明の選んでくれたものは今あるものとは雰
囲気が異なっている。そして何より色も柄も落ち着いており、良い品だと感じた。
「――お師匠。ありがとうございます」
 泰明は頭を下げる。晴明は、自分の嗜好もきっと覚えてくれていたのだろう。本当に、嬉しかった。
「いや、良い」
 師は、穏やかに笑って泰明の頭に手を載せる。
 今ならば大丈夫かもしれない、と泰明は思った。
「――私も、お師匠に贈りたいものがあります」
 一度深く呼吸をしてから、口を開く。本当は、自分も晴明に贈りものをするつもりだったのだ。
「そうか。それは楽しみだな」
 柔らかな声で師は言った。泰明は机の上にカーテンを載せてから、そっと引き出しを開け、中にあった包みを
取り出す。
「……これを」
 差し出すと、晴明は笑顔でそれを受け取ってくれた。美しい指が、箱を包む紙を剥がして行く。
「……ブックエンドだな。ありがとう。大切にする」
 箱を開けたとき、優しい声で師は言った。
 晴明は、仕事のため良く本を読んでいる。個人的にも読書は好きなようだ。そのため、本を並べることが出来
るように使いやすそうなブックエンドを選んだのだが、どうやら喜んで貰えたようだ。
「――はい」
 安堵の息を吐き、泰明は頷く。そのとき、師と目が合った。
「……泰明。もう少しゆっくり、話して行っても良いだろうか」
 普段と変わらない、落ち着いた声。だが、瞳の奥に静かな情熱を感じ、泰明の鼓動が速くなった。
 もっと自分の傍に行きたい、と、晴明は思ってくれているのだろう。
「……はい」
 僅かな沈黙の後、泰明は返答した。少し驚きはしたが、師とゆっくり過ごしたいと自分も願っていたから。
「――ありがとう。カーテンを、遮光にしておいて良かった」
「――お師匠?」
 意図の読めない言葉を不思議に思い、泰明は晴明を見上げる。
 その直後、師の手が頬に伸びて来た。
「ふたりがどのような姿をしていても、外からは見えないだろう」
 晴明の唇は、綻んでいる。だが、目に宿った情熱は今も消えてはいない。
「お師匠……」
 師の言う通り、光を遮るカーテンを窓に吊るしておけば外にいる者に自分達が何をしているのか知られること
はないだろう。
 もちろん、今あるカーテンを閉めておくだけでも中の様子を気取られることはないはずだが、新しいこのカー
テンが普段以上に他者の目を遮ってくれるのならば、いつもより師に近付く勇気が湧くかもしれない。
「――では、早速カーテンを替えようか」
「――はい」
 机の上にあるカーテンを指で示す晴明に、泰明は小さく返答した。


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