散歩と思い込み

「――さて。行こうか、泰明」
「はい、お師匠」
 晴明の呼びかけに、泰明は頷く。
 現在、二人は庭に出ている。今日は、普段よりも早めに夕餉を摂ることが出来た。そこで晴明は、就寝までの時
間を利用し二人で邸の庭を歩かないか、と彼を誘ったのだ。泰明は、すぐにこれを了承してくれた。
 この邸には結界を張っているため、何の目的もなく歩けば別のところに迷い込んでしまう。しかし逆に言えば、邸
から出ることなく様々な風景を楽しめる、ということにもなる。
 たまには、彼と二人で結界の中を散歩するのも良いだろう。そう考えながら、晴明は最初の一歩を踏み出した。

「――この辺りは空気が澄んでいるな」
 しばらく進むと、清らかな泉のほとりに辿り着いた。晴明は深く呼吸する。全く穢れのない気が身体に流れ込ん
で来た。
 結界の中にある場所は全て自分が作ったものだが、こうして訪れることは少ない。我ながら良い空間を生み出
したものだ、と、晴明は内心で自らを褒めた。
「……はい」
 隣に立っている泰明も、晴明の言葉を肯定しながら瞼を閉じる。
 しかし、彼は気を鎮めているというより、何かを考えているようだった。思いを巡らせているときは目を閉じるの
が泰明の癖だと、晴明は良く知っている。
「どうした?」
 近付いて、彼に尋ねる。泰明は驚いたように瞼を開け、それから俯いた。
 どのようなことを考えているのかは教えて欲しいが、急かすつもりもない。晴明は、黙って彼の返事を待つ。
 ややして、泰明の唇が動き始めた。
「――お師匠の傍にいられて本当に幸せだと、そう思っていました」
 彼は相変わらず下を向いていたが、微かに頬が赤いように見えた。
 自分と過ごしているこのときを、大切に思ってくれているのだろう。
「――そうか、ありがとう」
 それは、晴明も同じだ。彼とこのような美しい場所に来られて、とても嬉しい。
「……貴方の弟子になれて、良かった」
 泰明の柔らかな声音が、晴明に届いた。
 彼の言う通り、こうして二人の時間を持てるのは自分たちが師弟という関係だからでもある。
 しかし。
「――弟子か、確かにそれも間違ってはいないな」
「――お師匠?」
 晴明は呟いた。泰明は不思議そうな表情を浮かべ、視線をこちらに向ける。
 晴明は彼の頭に手を載せ、自身の気持ちを伝えた。
「――私は、お前のことを恋人だと思っているのだが。勘違い、だったか?」
 泰明の言葉が外れていた訳ではない。彼は、真っ直ぐで優秀な愛弟子だ。
 しかし――無垢で愛らしい恋人でもある。
 これは、自分の思い込みだったのだろうか。
「…………いえ。その通りです」
 しかし、泰明はしばらく沈黙した後、ごく小さな声でそう答えてくれた。
 どうやら、自身を恋人だと認めてくれているらしい。
「……泰明」
 先ほどよりも濃い紅色に染まった頬に、掌を当てる。
 恋人、なのだ。構わないだろう。
 そっと、唇を重ね合わせた。


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