去り行くときに

 皆が眠りに就き、外もすっかり静まりかえった刻。
「――天狗。もしも、私が何も告げずにどこかへ行ってしまったら……どうする?」
「……晴明。こんなときに何を言っている」
 褥に横たわったまま問いかけると、私に被さるような体勢の天狗は訝しげに眉を寄せた。
 今夜は、前日から約束していた通り彼がこの邸へ泊まりに来ている。そして、これから二人の時間を過ごすと
ころだったのだが――不意に浮かんだことを、訊いてみたくなったのだ。
「すまない。単なる思い付きだ」
 邸に来ないか、と誘ったのも私だ。いつもしつこいほど傍にいる私が去ったとき、天狗はどのような行動をと
るのだろう。彼の想いが私に向いているということは疑っていないが、鬱陶しさから解放されたような気分にな
るかもしれない。これ以上ないほど天狗の顔が近付いて来たとき、そんなことを考えたのだ。
「全く……」
 呆れたように呟いた後、彼は瞼と口を閉ざした。どうやら、先ほどの質問に答えてくれるようだ。
 ややして、天狗は目を開けた。
「――天狗。結論は出たか?」
 尋ねると、彼は頷いて、唇を動かした。
「……お前が去って行く前に、必ず逢いに来て、お前を止めてやる」
 微笑んでいるが、口調は真剣そのものだ。
 仮に私が誰も知らない場所へ行こうとしても、その瞬間、天狗に胸の内が伝わってしまうのだろう。
 彼に止められたら、私は決して逆らわない。
 そして。
 去り行くときに止めてくれるということは――私がいなくなったら、天狗は寂しいと感じてくれるということなの
だろう。
「――そうか。だが、天狗。心配はいらないぞ」
 本当は、それも分かっていたのだ。莫迦なことを訊いたものだ、と思いながら、私は天狗に語りかける。
「何故だ?」
 天狗の笑顔が、傍に来る。きっともう、私が何を告げようとしているのか分かっているのだろう。
 彼の頬に手を伸ばし、私は口を開いた。
「……私の場所は、お前の隣だからだ」
 天狗はその通りだ、と言って、自身の唇を私のそれに重ねた。


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