選択は

 空に、星が見え出した頃。晴明は、泰明を連れて邸の庭へと出た。庭を歩かないか、という晴明の誘いを、彼は
受けてくれたのだ。
 この邸にはいつも結界を張っているので、清らかな気で満たされている。そのため、庭を歩くだけでも乱れた気を
回復することが出来る。八葉として、陰陽師として、泰明はいつも立派に役目を果たしている。少しでもそんな彼の
癒しになれば良いと思い、この散歩を提案したのだ。
「では行こうか、泰明」
「はい」
 声をかけると、隣に立つ彼はすぐに頷いてくれた。
 泰明は、喜んでくれるだろうか。そう思いながら、数多の花が咲く地へふたりで足を踏み入れた。

 それから。しばらく歩いた後、晴明は彼と並び足を止めた。
 風に水面が揺れる泉の傍。大木の立つ地。他にも数え切れぬほどの場所を歩いたが、今は最初に足を踏み入れ
た花の咲く地に立っている。
 傍にいる泰明は、穏やかに目を閉じて呼吸を繰り返している。
 晴明は、その横顔に視線を向けた。
 昔の、まだ感情を自覚していなかった頃の彼とは違う、優しい顔。だが、とても美しい。
 当然のことながら、今、泰明は確かに自分の隣に存在している。だがそれは、とても不思議なことだとも感じる。
 この庭で彼が生まれたとき、幸せになって欲しいと願っていた。大切な人を見付け、ずっとその隣にいて欲しい
と。だからいつか、泰明が自分から離れて行くことも覚悟していた。
 だが今、彼は傍にいる。泰明が選んでくれたのは、他ならぬ自分なのだ。
 出来ることならば――これからも自分の隣にいることを、選んで欲しい。彼の隣は、胸が満たされるから。
「……泰明」
 名を呼ぶと、彼はゆっくりと目を開けた。
 泰明が、返事をする前に。
 そっと、唇を重ねた。
「――お師匠」
 しばらくして解放したとき、彼は目を見開いてこちらを見た。
 戸惑っているのだろう。だが、この質問に答えて欲しい。
「……これからも、私の隣にいてくれるか?」
 視線を合わせて、尋ねる。泰明が拒むのならば、無理を言うつもりはない。
 だが頷いてくれたら、そのときは。
 絶対に離さぬと、誓おう。
 ほどなくして、彼は口を開いた。
「……もちろん、です」 
 頬は仄かな紅色に染まっている。だが、その言葉に迷いはなかった。
 泰明が隣にいてくれる、これから。どれほど幸せなのだろう。
 胸に温もりを感じながら、晴明はありがとう、と伝え、もう一度彼と唇を重ねた。


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