幸せな時間

 朝日の光を感じ、泰継はゆっくりと目を開いた。目の前には、温かな胸板がある。後頭部と背中には、大きな
手。
(朝か……)
 既に覚醒した頭で、泰継は考えた。耳に聞こえる小鳥のさえずりが心地良い。
「……天狗、離せ。朝だ」
 自身を包み込む人物――天狗に話しかける。昨夜の情事の後、彼は泰継をしっかりと抱きしめたまま熟睡して
しまったのだ。
「……」
 しかし、話しかけても一向に起きる気配がない。どうやらかなり深く眠りに入ってしまっているらしい。
(――仕方がない……)
 そう思い、天狗の腕から逃れようと身を捩る。しかし、身を動かせば動かすほど、天狗の腕の力が強くなるの
が分かった。
「……天狗?」
 目覚めたのか、と思いもう一度声をかける。だが、天狗は規則正しい寝息をたてているだけだった。
「天狗、起きろ」
「ん……」
 先程よりも少々大きな声で言うと、一瞬だけ反応したようだった。だが、また腕の力を強くして、気持ち良さ
そうに寝息を立てる。強く抱きしめられているため表情は伺えないが、それでも無意識に強くなる腕の力から、
天狗が自分の体温を快く思ってくれていることが伝わってきた。
(……全く)
 本当は、もっと大声を上げて起こしても良いのだ。だがそれをしないのは、泰継も天狗の温度をもっと感じて
いたいと思っているからだった。
(だが、お前がいなければ……このような幸せな時間も、温かな気持ちも、私は知らなかったのだろうな……)
 少し前まで、泰継の睡眠の周期は常人とは異なっていた。三月眠り続け、次の三月はずっと起きている。しか
し天狗と想いを通わせてからは、他者と変わらぬ眠りに就くことが出来るようになったのだ。眠りの周期が変わ
ることがなければ、朝、天狗の腕の中で目覚めることなど出来なかっただろう。
「……ありがとう、天狗」
 私にこんなにも幸せな時間を教えてくれて。こんなにも温かな気持ちを教えてくれて。そんな思いを込めて、
泰継は囁いた。
(……もう少し、このままでいよう)
 泰継はそっと瞼を閉じた。天狗の体温を感じるように。






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