新鮮な乾杯

「晴明」
 十二月二十四日、深夜零時数分前。外には雪がちらついている。天狗は薄く積もった肩の雪を払ってから晴明
の住む家の窓を開け、居間に入った。一階にあるこの部屋は、飛翔せずとも訪れることが出来るのだ。暖かな空
気を身体に受けながら、用意して来た大きな布製の袋を肩に担ぎ直す。
「良く来てくれたな、天狗」
 ソファーに腰かけていた晴明は、すぐに灯りを点け、窓際に駆け寄った。しっかりと窓を閉めてから、天狗と向か
い合う。
 今日は、晴明と泰明の暮らすこの家で宴が開かれていた。賑やかな宴は滞りなく幕を下ろしたのだが、その途
中、天狗は彼とある約束を交わしたのだ。
 泰明と泰継が寝付いたら、もう一度ここを訪ねると。
「ああ。泰明はもう寝たのか?」
「ああ、良く寝ている」
 晴明は微笑みながら答える。泰明も泰継同様、良く眠っているようだ。宴を楽しんだ後である今夜は、きっと良く
眠れるだろう。
 そう考えながら、白い袋の中に手を入れた。
「では、早速サンタクロースからプレゼントだ」
 包装された箱を取り出し、少しおどけて言ってみる。
「ふふ、ありがとう。まさかこの年になってサンタクロースからプレゼントを貰えるとはな」
 両腕を伸ばし、晴明は差し出したものを受け取ってくれた。その声は、小さいけれど弾んでいる。演出は成功し
たらしい。
「中、確かめてみろ」
 贈ったものでも彼を喜ばせたい。そう願いながら、静かに告げる。
「ああ、そうさせて貰おう」
 頷くと、晴明は丁寧に包装を解き始めた。最後に、箱の蓋が開かれる。
 中に入っているのは、手動式のコーヒーミルだ。
 それを見た晴明は、何も言わなかった。
「――どうした?もしかして、気に入らなかったか?」
 これを選んだのは、彼が自分と同じくコーヒーを好んでいるからだ。しかし、気に入らなかったのだろうか。
「いや、そうではない。少し驚いただけだ」
「そうか……」
 視線を箱から贈り主に移し、晴明は答える。その表情は普段と変わらず穏やかで、天狗は安堵の息を吐いた。
「――では、私からもサンタクロースにプレゼントの贈呈だ」
 晴明は近くのテーブルにミルを置くと、その隣にあった包みを手渡してくれた。
「――ああ、ありがとう」
 唇が綻んでいることが自分でも分かる。胸の奥が、仄かに熱くなった。
「――お前も、何が入っているか見てくれないか?」
「そうだな」
 晴明の言葉に従い、袋状の包みからゆっくりと中身を取り出す。
 現れたのは、質の良さそうなコーヒー豆だった。
「……驚いた理由が、分かっただろう?」
 微かな笑みを浮かべながら、晴明がこちらを見る。
「――良く分かった」
 コーヒーミルと、コーヒー豆。これほど関連したものを贈られて、驚かないほうが難しい。
 だが、互いのことを理解しあっている証なのかもしれない、と思うと、心は満たされて行った。
「……天狗、時間は大丈夫か?」
「ああ。泰継もまだ眠っているだろうし、特に予定もない」
 晴明に尋ねられ、返答する。今すぐ帰らねばならない理由はどこにもない。
「では、私がコーヒーを淹れよう。空からそう言われているような気がするのだ」
 笑顔を崩さずに晴明は天狗を見つめる。この表情を消すことなど、出来るはずがないだろう。
「――ああ、頼む。楽しみにしているぞ」
 目を細めて伝えると、晴明は首を縦に振って台所へと向かった。

「さあ、どうぞ」
 しばらくして、二つのカップを持った晴明が戻って来た。
「ありがとう。では飲むか」
 ソファーに座り、それを受け取る。香ばしさが湯気に乗ってこちらへ届く。
「そうだな」
 晴明も天狗の横に腰を下ろした。二人で並び、揃いのカップでコーヒーを飲む。そのことを、まるで少女のように
喜んでいる自分がいた。
「――晴明、乾杯をしないか?」
 カップを掲げ、隣の彼に提案する。待っている間も楽しかったが、共に過ごせるこの時間は更にかけがえのない
ものだ。ささやかに祝すのも悪くないだろう。
「コーヒーカップでか?それも新鮮かもしれないな」
 晴明は小さく笑い声を上げ、カップを持ち上げた。
「――では、乾杯」
「……ああ」
 大きな音を立てぬよう、そっとカップを合わせる。静寂の中で、一度だけ微かな音した。
 しかし、まだ互いに口には運ばない。
「――晴明」
 名を呼んだ後、コーヒーよりも先に、彼の唇を味わった。


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