静かな答え

「……ん」
 夜闇が一段と深くなる頃。眠りから覚め、私はゆっくり瞼を開けた。
 後ろから強く抱きしめられているため、身体を動かすことは出来ない。窮屈だ、とは思ったがこのような時刻
に後ろの者まで起こす訳にはいかず、少しだけ身を捩る。
「……泰明?」
 そのとき、不意に名前を呼ばれた。身体に絡んでいた腕の力も、僅かに緩む。
「――天狗。起きたのか」
 横目で後ろを見ながら、共に眠っていた者――天狗に呼びかける。
 昨日の夕刻、天狗に誘われ、私は北山にあるこの庵に来た。そして先ほどまで、熱を分け合っていたのだ。
「――悪い、これだと苦しいだろう。こうすれば、平気か?」
 天狗は小さな声で言って、ゆっくりと腕を解いた。
「……問題ない」
 私は頷く。確かに、この身を締め付ける力は消えた。私は、小さく息を吐く。
 褥に背を預けていると、同じように姿勢を変えた天狗と目が合った。
「腕は解放するが、隣で寝ることくらいは許せ」
 笑顔で私に告げると、返事を待つこともなく目を閉じた。
 聞こえるのは、思いの外静かな息のみ。もう、眠ってしまったのだろうか。
「――天狗」
「ん……」
 声をかけると少しだけ反応があったが、瞼が開くことはなかった。どうやら、もう夢の中にいるらしい。
 その眠りを妨げぬようゆっくりと起き上がり、天狗の頬に掌を当てる。
 私は意識を手放す直前、声を聞いた。天狗が、自分の気持ちを伝える声を。だが私は、それに答えることが出
来なかった。
 目が合えば、言えなくなるかもしれない。ならばせめて、夢の中にいる天狗に伝えておきたい。
 深く息を吸い込む。それから、口を開いた。
「私も、お前を……」
「ん……?」
 言葉が終わる前に、天狗が小さく声を上げた。覚醒したのだろうか、と、口を閉じる。だが、その目は開かな
かった。
 安堵し、息を吐く。そして、片方の手を自分の胸に置いた。
 鼓動が速い。頬も熱い。だが、想いを言葉にしたい。
 もう一度、深く呼吸する。そして私は、唇を動かした。
「――愛している」
 常に、思っていること。だが、普段言葉にはしない気持ち。
 ようやく、伝えることが出来た。
 そう、思ったとき。
「良く言えたな、泰明」
 下から声が聞こえ、目を見開いた。
 天狗が、笑顔でこちらを見ている。
「――いつから、起きていた」
 この反応からすると私の言葉を聞いていたのだろう。いつ頃、目を覚ましたのだろうか。
「お前が真剣な声で儂を呼ぶからな。そのとき目が覚めた」
 天狗は起き上がりながら返答する。つまり、私の言葉を全て聞いていたということだ。
「……何故寝たふりをしていた」
「――儂が起きたら、お前は言えなくなるだろう」
 天狗は穏やかな笑顔で私の問いに答えた。
 見抜かれて、いたのか。
 そう感じたとき、頭に天狗の手が置かれた。
「――天狗?」
 突然どうしたのだろう、と思い声をかけると、天狗はこちらに身体を寄せた。
「ありがとう、泰明。とても嬉しかった」
 柔らかな声が聞こえた、その直後。
 私の唇が、天狗のそれによって塞がれた。
 そして。
 ほどなくして私は、もう一度後ろから抱きしめられ、褥に入ることになった。


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