疎は


「晴明」
 結ぼうと、手を静かに単の帯へ添えたとき。天狗に声をかけられた。
 素敵な時間を私にくれた者。彼は今宵、私が庵に泊まることを許してくれた。手は止め、見つめる。
「天狗?」
「――帯、儂が結ぼう。少し身体寄せろ」
 いつもは、自力で互いに纏っている。そのため一瞬驚いたが、嬉しい言葉だった。
「……ありがとう。では、お願いしよう」
 優しく笑っている彼に、頷く。そして、ゆっくりと身体を寄せた。
 天狗が、私の帯にそっと手を伸ばす。だが闇に守られた灯りも落とした部屋で、彼は少し苦戦しているように
見えた。ときおり、手が異なる方面に飛んでいる。
「結構難しいな」
 呟きながらも、天狗はあきらめない。優しく綺麗に結ぶため努力しているようだ。彼に、纏わせて欲しい、と
思った。
「急ぐ必要はない」
 そっと話しかけ、もう一度天狗を見つめる。まだ会話したいとは思うが、阻害したくないのだ。彼は、作業に
没頭している。言葉がなくとも、天狗に結んで貰うときは、安らぎをくれた。努力してくれることが嬉しいの
だ。
「……引くほうが、得意だ」
 沈黙を破ったのは、彼の言葉だった。私を目に映し、笑っている。
 天狗はいつも素早く単を崩してくれる。帯に手を伸ばし、すぐ引いてくれるときも、幸せだ。想いが溢れてい
るように見える。
「――確かにな」
 目を瞼で隠したとき、小さな音が腰の辺りから聞こえた。目を塞ぐことをやめ、確認する。しばらく見つめる
と、綺麗に結ばれた帯が目に映った。
 彼を、真っ直ぐに見る。そして、礼を述べた。


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