それどころか

 暗がりの中、唇を味わってから、目の前にいる人へと手を伸ばす。
「――天狗」
 ゆっくりと単の帯を掴んだとき、泰継は静かに天狗のことを呼んだ。
 その声は、少しだが震えている。
「……どうした?」
 手を腰の横に置き、褥に仰臥した彼と視線を合わせる。天狗は夜目が効くため、泰継の翳った表情も見て取る
ことが出来た。
 何か、悩みがあるのかもしれない。それならば自分が話を聞こう、と思っていると、彼の唇が動き出した。
「――どうすれば、もっと上手くなれるのだろうか」
「――何をだ?」
 まるで呟くような声だったが、天狗には聞こえていた。しかし、言葉の意味はまだ分からない。
 尋ねた天狗に、ほどなくして泰継は答えた。
「……お前と唇や身体を重ねるとき、私は何も考えられなくなる。天狗は、いつも優しいのに……私は思い描い
ていた通りに動くことが出来ないのだ」
 泰継の顔には、苦しげな色が浮かんでいる。
「――泰継」
 天狗は驚きのあまり、名前を呼ぶことしか出来なかった。
 彼は、自分に上手く応じられていないのではないか、と悩んでいたらしい。恐らくは、先ほど唇を重ねたときか
ら。
「……どうすれば良い?私は、お前に嫌な思いをさせていないか?」
 泰継から不安が消える様子はない。自らの動きが不快感をもたらしていないか気にしているのだろう。
 だが。
「――何もする必要などない」
「――天狗?」
 短く告げると、泰継は訝しげな声を上げた。
 手を彼の頬に置き、素直な気持ちを伝える。
「お前は、変わらなくて良いのだ。努力しようという気持ちを否定するつもりはない。真っ直ぐなところもお前の魅
力だからな。だが、無理をすることもない。儂は、今の泰継と過ごせて本当に幸せなのだから」
 自身のために努力しようとしてくれるのは嬉しい。だが、無理に変わることはないのだ。
 自分にとって、今の泰継はとても大切な存在なのだから。
「――そうか、だが……」
 しかし、それでも彼は自分に不満があるようだった。
 ならば、これを言っておかねばならないだろう。
「――分かった。では泰継、これを言っておこう」
「……何だ?」
 頬に置いた掌をそっと動かしながら、彼に答えた。
「――お前は、別に下手ではないぞ。むしろ……いつも、儂を熱くする」
 泰継は気に病んでいるようだが、彼の動きは決して悪くない。
 それどころか、重なった後はいつも愛しさが増すのだ。
「…………そう、なのか」
「そうだ。それに、このようなことは繰り返す内に上達する。だから――泰継。もう一度、目を閉じてくれない
か?」
 頬に薄紅を浮かべた彼に、そっと告げた。
 本当は、自分がもう一度、唇を合わせたいだけなのだが。
「……分かった」
 泰継は、素直に瞼を閉じる。
 出来る限り優しく、彼と唇を重ねた。


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