隅は


「泰明、邪魔させてはくれないか?」
 晴明は、彼の部屋を見つめながら尋ねた。もうすぐ日付の変わる時刻だが、会うことを、許可してはくれない
だろうか。
「はい、お師匠」
 ほどなくして、返答があった。安堵しながら扉を開ける。部屋にそっと足を踏み入れてから、ゆっくり扉を閉
めた。
「ありがとう。贈りたい品があるのだ」
「――私に、ですか?」
 椅子に腰かけていた泰明が、驚いたようにこちらを見る。
 日付も、ちょうど変わったところだ。晴明は、頷く。そして、箱を持っている手を彼に差し伸べた。
「誕生日おめでとう。泰明」
 九月十四日。大切な彼の生まれた、記念日だ。
「……ありがとうございます」
 少しの間目を見開き黙していたが、泰明は紙に包まれたその箱を手に取ってくれた。
「確認して、くれるか?」
「はい」
 手に取って貰えたことは嬉しいが、一番の目的は彼に喜んで貰うことだ。包まれた品も、見て欲しい。
 泰明は頷いてからゆっくり紙を解き、箱に潜んでいた品を目にした。
 普段あまり見ることのないであろう、金属で作られた球体。手に乗せ、泰明は不思議そうに見つめてい
る。
 晴明はその球体を指でそっとなでた。小さな音が鳴る。
「……ハーモニーボールという。疲れを和らげる効果もあるそうだ」
 美しい音色を奏でるごく小さな楽器。耳介の傍で聞けば、安らげると思い選んだ。
 泰明が、小さな楽器をなでる。
「――ありがとうございます。とても綺麗です。音も、作りも」
 穏やかな瞳だ。喜んでくれたのか。
「良かった。お前はいつも努力している。だから、休むときに使って欲しい」
 安堵し息を吐いてから、晴明は音色を奏でる、愛らしい姿を見つめた。嬉しそうな猫を、連想する。少し
でも、泰明の癒しになって欲しい。
 彼は、もう一度ハーモニーボールをなでる。そして、呟いた。
「――ずっとなでるかもしれません」
 晴明は、思わず目を見開く。嬉しい言葉だ。これほど喜んで貰えるとは。
「……私はその音が聞こえたら、お前が癒されてくれていることを喜ぼう」
 泰明の部屋から音色が聞こえたら、優しい想いがその度に浮かぶだろう。
 晴明は、そっと彼の頭をなでる。
 泰明の持っている球体から、もう一度、綺麗な音が聞こえた。


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