互いを

「……泰継」
 天狗はその名前を呼び、目の前にいる彼と手を繋いだ。そしてひと呼吸置き、唇を重ねる。
 愛らしく、柔らかなそこ。泰継を疲労させぬためにも早く終えなければいけないと分かっているが、もっと味
わいたいと思ってしまう。
「――んっ」
 だが小さな声が聞こえ、すぐに唇を解放した。彼は、繋がっているほうの手を動かしている。どうやら強く握
りすぎてしまったようだ。
「悪い。手……痛かったか?」
 心配になり、問いかける。手を痛めてはいないだろうか。
「いや……大丈夫だ」
 首を横に振り、泰継は真っ直ぐな視線をこちらに向ける。
 跡が残るほど握り締めたわけではないらしい。安堵し、天狗はそっと息を吐く。
 今日は忙しかったらしく、彼の帰宅は普段よりも少し遅かった。そして、明日も任務のため早くにこの庵を出
なければならない。
 このようなときに、温もりを分け合うことは難しい。だからその代わりに、唇を重ねることにしているのだ。
「そうか。もう一度……良いか?」
「……良い」
 泰継は頬に薄紅を浮かべながら、そっと頷いてくれた。
「ありがとう」
 礼を述べてから、繋がった手に少しだけ力を込める。
 それから、もう一度唇を重ねた。
 彼はもう、眠らなければいけない。だから近付きたい気持ちを何とか抑え、先ほどよりも早めに終わらせた。
「――天狗」
 手も解放しようかと思ったとき、泰継に声をかけられた。きっと、自分に用があるのだろう。
「どうした?」
 目を合わせ、尋ねる。その瞳には、どこか熱が宿っているような気がした。
 そして、沈黙の後。彼の唇が、動く。
「お前に……もっと近付きたくなってしまった」
 困惑を含んだ声で、彼は告げる。その目は、不安げに揺らいでいた。
 泰継も、自分と同じことを願ってくれている。
 それならば。
「――そうか」
 もう一度、唇を重ねた。この後は、彼の惑いを拭うため、もっと傍に行こう。
 唇だけ、と決めた日も、最後は互いを求めてしまう。
 だが、唇を解放したとき、泰継は笑顔でこちらを見ていた。
 ふたりの願い。それを叶えたいと思うのは、自然なことだろう。
 なるべく、彼を疲労させぬようにしよう。
 新たに決意をし、天狗は泰継の手を強く握った。


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