たぐ


「……泰継。眠るか?」
 庵に、足を踏み込んだとき。天狗は、泰継を見つめた。
 強すぎない夜風は、眠りを齎してくれる。北山の周囲を、彼と歩いたのだ。適度な夜風は、予想に違わぬ安ら
ぎを与えてくれたと思う。
 眠りに備えるべきだと分かっている。だが、少し今を堪能したい。
「天狗?」
 話すことも忘れ、安堵したように呼吸している泰継をひたすら見ていると、不思議そうに首を傾げられた。
 惑わせてしまったかもしれない。ゆっくりと、謝罪する。
「――すまん。ふたりで庵に戻れることは少ないからな。嬉しいと、思った」
 彼は、別の地でも力を振るっている。務めを済ませ帰宅する際は、ほぼひとりだ。北山で待つことも務めだ
と思うが、やはり寂しい。足を揃え、戸に戻れると嬉しいのだ。
 泰継は驚いたように天狗を見る。安堵を、散らしたかもしれない。
 更に謝らなければ、と思ったとき。
「――ありがとう。天狗も、私に幸せをくれた」
 優しい、微笑み。瞼で瞳を塞ぎ、彼は呟く。嬉しさのあまり、帰宅した際言葉も忘れ見つめてしまった
が、拒まれなかったらしい。
 愛しさが、募る。美しい微笑みは、素晴らしい夢を見せてくれそうだ。
 そろそろ、眠ろう。
「泰継」
 戸の位置を戻しながら、そっと、彼を呼ぶ。
 夜の冷えが、残っているだろう。少しでも、安らぐような夢を阻害する要素は減らしたい。眠るときも、ふた
りで幸せを分かちたいのだ。
 ゆっくりと、泰継の瞼に、唇を寄せた。


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