卓上に


「泰明」
 九月十四日、午前零時。翼を広げた天狗は窓から部屋を覗き込み、そこにいる人物を呼んだ。
 カーテンを開き、解錠し、彼は窓も開けてくれた。出来る限り静かに、中へ入る。
「――来たか」
 天狗が窓を閉めて施錠したとき、泰明は小さく声を上げた。
 先日、この時刻に逢えないかと彼を誘ったのは自分だ。人目に触れぬよう、静かに空を飛んで来た。翼によっ
て破れないよう、上体には衣を纏わずに、普段は指定しないような日時だが、これには理由がある。
「突然、悪かったな。これを渡そうと思っていた」
 天狗は腕を伸ばし、持っていた箱を泰明に見せた。
「……これは?」
 彼は興味深そうに箱をなでる。
 その瞳を覗き込み、口を開いた。
「今日はお前の誕生日だろう」
 九月十四日。今日は、泰明の生まれた記念すべき日なのだ。
 彼は驚いたのか、瞬きもせずにこちらを見つめていた。
「――そうか。ありがとう、天狗」
 だが、短い沈黙の後、柔らかな声で礼を述べてくれた。
「構わん。中、見ろ」
 その声に安堵し、天狗は息を吐いてから、促した。選んだものが好みに合っているかどうか、今確かめて欲し
い。
「分かった……」
 泰明は頷くと、ゆっくり紙を剥がし、箱を開け始めた。
 そして。ほどなくして、中にあったものを見た彼は、目を見開いた。
「可愛いだろう?」
 近付いて、尋ねた。
 愛らしい猫のぬいぐるみが付いた、風船の贈りもの。泰明が今目にしているのは、いわゆるバルーンギフト
だ。
「――私は、女や子どもではない」
 箱と紙を卓上に置き、彼は唇を動かした。
 あどけない顔のぬいぐるみと、ハート形の風船。あまりの愛らしさに困っているらしい。
「子どもではあるだろう?」
「天狗っ……」
 子どものように純粋な彼。可愛い贈りものは、とても似合っている。
 そう思いながら問いかけたところ、睨まれてしまった。
 不快にさせてしまったのだろうか。
「――気に入らなかったか?」
 目を合わせ、静かに尋ねる。
 確かに、泰明の愛らしい反応を見たいとは思っていたが、本当に怒らせてしまっては本末転倒だ。心底嫌だと
思っているのならば、教えて欲しい。
 彼は、俯いた。やはり、不機嫌なのだろうか。
「……嬉しい」
 だが。ほどなくして、泰明の小さな声が聞こえて来た。
 どうやら、彼を喜ばせることは出来たらしい。
「――そうか。ではな、泰明」
 そっと手を伸ばし、頭をなでる。もう少し共に過ごしたいが、あまり長居をして、彼の休息を奪いたくはない。
 天狗は窓を開け、翼を広げた。

 夜風の中を、飛んで行く。だが、その途中であることに気が付いた。
 あのバルーンギフトは机に飾れるものではあるが、それでもかなり場所を取る。
 泰明に喜んで貰うことは出来たのだ。飾って貰えないのは少し寂しいが、もし置き場所に困っているようなら
ば、自分が引き取っても構わない。
 天狗は身を翻し、彼の部屋に向かって飛び始めた。

 窓の傍へと辿り着いた天狗は、そっと中を覗き込んだ。無論、施錠されておりカーテンも閉まっているが、神
通力を使えば中の様子を確認することは出来る。
 もし泰明が既に休んでいるようならば、後日また来るつもりだ。
 そして。部屋の中を見た天狗は、息を呑んだ。
 卓上に置いたあの贈りものを、優しくなでる彼を、見たから。
 胸が、満たされる。
 だが。ほどなくして、泰明と目があった。どうやら自分の気配を感じたらしい。
 彼は手を止め、こちらへ向かって歩いて来た。
「……天狗」
「――気付いたか」
 泰明はカーテンを開き、解錠し、窓も開けてくれた。目を見開き、こちらを見ている。
「……何故戻って来た」
 俯いて、問いかける彼。天狗は、その愛らしい姿を見つめながら、返答した。
「――もし置き場所に困っているようなら、儂が預かろうかと思っていたのだが、必要なさそうだな」
「――うるさい」
 小さな声が聞こえる、愛しさが、込み上げてきた。
「これほど気に入って貰えるとは思っていなかった」
「天狗――」
 泰明がこちらに視線を向ける。彼の頬は、薄紅色に染まっていた。
 何か、抗う言葉を紡ごうとしていたのかもしれないが。
 それを聞く前に、その唇を自分のそれで塞いだ。
「……ではな、泰明」
 しばらく堪能した後解放し、彼に告げた。
 泰明は、俯いたが、怒ることはなく、小さく頷いてくれた。


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