取り込んで

「泰継」
 天狗は足を止め、共に散歩をしていた彼に声をかけた。
「どうした?」
 泰継は立ち止まり、視線をこちらに向ける。
 天狗は彼と目を合わせてから、口を開いた。
「――お前は、良く頑張っているようだな。最近は、澄んだ気を感じられるようになった」
 泰継は、八葉として全力で任務に取り組んでいるようだ。平和な世を取り戻せる日も、そう遠くはないだろう。
「……そうか」
「泰継?」
 彼は一瞬目を見開いた後小さな声で返答すると、視線を下へと移した。その仕種を不思議に思い、天狗は名前
を呼ぶ。
 だが、泰継は沈黙していた。疲労しているのだろうか。出かける前に散歩をしないか、と、忙しい彼に声をかけ
たことが間違っていたのだろうか。
「――天狗。お前は、嬉しいか?」
 だが、不安に思い尋ねようとしたとき、泰継の視線がこちらへと向けられた。その声は普段と同じく落ち着いて
おり、疲労しているようには聞こえない。
 天狗は、安堵の息を吐く。
「……嬉しい、とは?」
 そして、問いかける。答える気はあるのだが、どのような意味を持った質問なのか良く分からないのだ。
「都が浄化されて、お前は嬉しいのか?」
 彼は言葉を付け足してくれた。これならば、返答することが出来そうだ。
「そう、だな。他の場所に行く機会はあまりないが、この北山でも清浄な気は感じられる。気分は良いな」
 天狗は、告げた。浄化された綺麗な気を取り込めば、身体の中も癒される。もちろん、それは自分にとっても
好ましいことだ。
「そうか……」
 泰継は一度頷いてから、天狗を見つめた。彼の真っ直ぐな瞳は決して逸らされない。だが、その唇は閉じられ
ていた。
「――泰継、どうした?」
 何か気付いたことでもあるのだろうか。そう思いながら尋ねると、彼は口を開いた。
「……努力する理由が、ひとつ増えたと思った」
「理由?」
 意味を理解出来ず、その言葉を繰り返す天狗。
 泰継は短い沈黙の後、教えてくれた。
「――これからは、お前に笑って貰うために努力出来る」
 彼は頬に薄紅を浮かべながら、柔らかく笑っていた。
 北山で自分が澄んだ気を感じられるように、これからは努力する、ということなのだろう。
 自分のために努力するというその気持ちに、天狗の胸は満たされる。
「――肩に、力を入れ過ぎるなよ」
 だが、決して無理はしないで欲しい。辛いときは、この場所で――自分の隣で、休んで欲しい。
 願いを込めながら、天狗は彼の頭をなでる。
 泰継は一瞬目を見開いたが、すぐに先ほどのような優しい笑顔で、頷いてくれた。


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