途上で


「泰明」
 八葉としてその日にやるべき任務を済ませ邸へと向かっていた泰明は、名を呼ばれ、立ち止まった。
 目を見開き、良く知っている声がしたほうへ視線を移す。
 いつもならば帰る場所にいるはずの晴明が、そこにいた。
「――お師匠。何か、あったのですか?」
 急を要する任務でも入ったのだろうか、と思い、尋ねる。だが、師は穏やかに首を横に振ってから、唇を動か
した。
「いや。任務で近くの家を訪ねたが、先ほど無事に終えられた」
「そう、なのですか」 「私は、もうすぐお前が来るだろうと思って、待っていたのだ。共に、帰ろう」
 優しい瞳が、こちらを見つめていた。泰明は、思わず息を呑む。だが、その問いに答えないわけにはいかな
い。
 一度深く呼吸をしてから、口を開いた。
「……はい」
 断る理由は、ない。泰明は、ゆっくりと頷く。
 晴明は唇を綻ばせ、そっと自分へ身体を寄せてくれた。

「――外で待つというのも良いものだな。お前が近付いて来る度に、喜びが募って行くようだった」
 静かな通りに入ったとき。師がこちらを向いた。その声は、とても柔らかい。
 晴明に邸で迎えられることは、もちろん嬉しい。だが。
「……お師匠を見付けたときから、私も、胸が満たされています」
 今日、道に立って自分を待っていてくれたことも、嬉しかった。優しいその気持ちが、伝わって来たから。
「――それは、良かった」
 晴明は、笑顔で頷く。そして、泰明の頬へと手を伸ばした。
 泰明が、歩みを止めた直後。
 師の唇が、自分のそれに重ねられた。
「お師匠……」
「――心配するな。この先は、邸に戻ってからにしよう」
 人目はないようだが、外でこれほど近付くとは思わなかった。泰明は、声を上げる。だが、晴明は唇を綻ばせ
た。
 邸。そこでならば、もっと師の傍に行きたい。
「――はい」
 泰明は、小さな声で返答した。


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