物語

つが

　晴明は、そっと指を潜めた。木の瓶に、手を添える。素晴らしい、夜だ。
「注がせて悪かったな、晴明」
　隣の天狗が、優しく言葉を投げる。晴明は、頷いた。
　庵に招き、ふたりの酒宴を嗜もうと決めた。傍にいる彼も、嬉しいようでそっと呼吸する。
「ゆっくり、捧げよう。天狗、場所を移るな」
　一口分は、彼に渡そう。傍にいてくれると嬉しさが募る。ちょうど、切れる。ふたつに注ごう。晴明が酒宴の
幕を引くことを、許してくれたから。
　きっと、美酒を唇に添えられる。指に力を込め、瓶を捧ぐ。だが。
　少し、惜しいと胸が呟いた。
「止まったぞ」
　彼は晴明の手を見る。指摘される。酌もうとした瓶が、止まっていた。
　瓶を戻しても、夜は途切れる。だから、無駄なときを過ごすつもりはない。酒も、すぐ消費しようと思う。だ
が。
　寂しさを薄れさせる。手伝いが、必要だ。
　言葉を、探す。そっと、天狗を目に映す。彼に、囁いた。
「――天狗。少し酔ったらしい。力を添えてくれないか？」
　手は、普段と変わらずに舞う。恐らく悟られると思う。だが、傍にいる。手を添えてくれると、寂しさは薄れ
るだろう。並び、注ぎたいことは曇りのない願いだ。
　彼は、一瞬驚いたように映った。呆れさせているだろうか。ゆっくり、表情を察する。嫌そうには、見えな
い。
　そして。
「仕方ない」
　すぐ微笑み、ゆっくりと指を添えてくれた。
　一杯目に、酒が零れる。
「ありがとう」
「……やはり、面白いな」
　寂しさが、消える。
　二杯目に酒が波を作ったとき。全体ではなく、胸が幸せな酔いで埋まった。