後ろと前

「……泰明?」
 後ろから、名前を呼ばれた。この身体を抱きしめていた者が、目を覚ましたらしい。
「――天狗。お前も、起きたのか」
 私は、そっと口を開いた。
 天狗は、昨晩から私の庵にいる。久しぶりに泊まりたい、と騒がれたので、私がお師匠の許可を得て、招いた
のだ。
 邸にはお師匠がいる。だから本当は抑えるつもりだったのだが、天狗は、近くにいて欲しい、と私を見た。そ
のため、褥に入ってから眠りに就くまでの間、ふたりで過ごしたのだ。
「もう、朝か?」
「――いや。まだ、余裕はある」
 少し掠れた声で尋ねる天狗に、答える。私も先ほど覚醒したところだが、まだ褥から出る必要はなさそうだ。
「……そうか」
 安堵の息を、首筋に感じた直後。
 先ほどよりも、強い力で抱きしめられた。
 鼓動が、速くなる。
「――どうした」
「起床する前に、お前の温もりを確かめようと思ってな」
 問いかけると、笑いの混じった声が聞こえて来た。
 天狗の言葉通り、朝になれば任務のため、私は出かける。だから天狗は、こうして傍にいられる時間を大切に
してくれているのだろう。
 それは、嬉しい。だが。
「……身動きがとれない」
 これほど強く抱きしめられると、呼吸も普段より苦しくなる。呟くように告げると、身体は解放された。
「――そうか。では、こちらを向いてくれても良いぞ」
 手首を引かれ、天狗と向き合う形で横臥する。
 目が、合った。本当に天狗のすぐ傍にいるのだと感じて、頬が熱くなる。
 だが。直後、天狗が笑っていることに気付いた。
「……何を笑っている」
「――可愛い反応だと、思っていた」
 頬に、手が伸びて来る。きっと、私が頬に色を浮かべていたことを、天狗は面白がっているのだろう。
 不快だ、とは思う。
 だが、眼差しや掌から、優しい気持ちを感じられたので――それ以上に、幸せだった。
「……うるさい」
 頬の熱が更に高まったので、私は天狗に背を向ける。
 その直後、後ろから強く抱きしめられた。


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