僅かな痛み

  如月も終わりに近付き、日毎に寒さが和らいできたある日、私は師匠と話をしていた。
「泰明」
 向かいに座った師匠は、そっと私の右頬に触れる。
「はい」
「恐らく近日中に、お前の身に宝珠が宿るだろう――八葉として、神子の力となれ」
「――はい」
 師匠は、私が遠くない未来に八葉になるだろうと予見されたのだ。
「……泰明」
 少しの間俯いていると、師匠の手が頬から私の左手に下りてきた。
「……お師匠?」
 行動の意図が分からず顔を上げると、穏やかな目をした師匠の顔がそこにあった。
「――良かった、もう傷は癒えたようだな」
 師匠は、私の手の甲を優しくなでた。
 数週間ほど前共に任務に就いた折、怨霊に軽傷を負わされたのだ。師匠は、それを案じていたらしい。
「軽い傷でしたから……」
「そうだな――だが、とても安心した」
 師匠は目を細め、私の手を軽く握った。
「……」
 師匠は、いつも私を気遣って下さっていると思う。この小さな怪我にも、毎日治療を施して下さった。
 私はただの道具だ。いつかは塵となり消える、偽りの生命体。しかしそんな私を、師匠はいつも守って下さっ
ている。その優しさに触れる度に、私は胸の温かさを感じていた。
「――お師匠」
 気付けば、私は目の前の人を呼んでいた。
「何だ、泰明?」
「あ……すみません」
 用があったわけではない。ただ、貴方を呼びたいと思ったのだ。
 上手く言葉を紡げず下唇を噛んでいると、師匠の手が私の頭に伸びた。
「お師匠?」
「――泰明、私はいつでもお前を想っている」
 そう言って、師匠は微笑んだ。
「――ありがとう、ございます」
 胸に温かさと僅かな痛みを感じ、私はそっと目を閉じた。


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