優しい瞳

 
「泰明……」
 夜。瞼を閉じた晴明が、泰明の頬に右手で触れている。間近にあるその顔に、泰明はただ目を奪われていた。
 こうして褥の上に立ち唇を重ねるときは、いつも晴明の瞼に惹き付けられてしまう。無論、泰明もすぐに目を閉
じるため僅かな時間しか見てはいられないのだが、視線はどうしても瞼に向いてしまうのだ。
 静かに瞼を閉じた師の表情は、眠っているときとも瞑想をしているときとも異なる。唇を綻ばせ、幸せそうに目を
閉じているのだ。長い睫毛が肌の上に影を落としている。目を開けているときとはまた違う美しさがあった。
 しかし瞳が隠れていても、感じる優しさは変わらない。瞼を閉じていても尚、晴明はいつものように自分を見守っ
てくれているような気がするのだ。
 そう考えていると、晴明の唇が近付いて来た。泰明は反射的に目を閉じる。
 そして、唇が合わさった。
「――お師匠」
 ややして、晴明の顔が元の位置に戻った。今、瞳は隠れていない。
 穏やかにこちらを見ている双眸。泰明の胸が高鳴った。
「――どうした?」
 頬から手を移し、纏めていない泰明の髪を晴明がなでる。泰明は一瞬だけ沈黙したが、その問いに答えた。
「……貴方の瞳を、見ていました」
 閉じているときも開いているときも、優しい瞳は泰明を惹き付けて止まない。
 そんな心が伝わったのか、晴明は微かな笑みを顔に浮かべた。
「――そうか」
 晴明は温かな手で泰明の前髪をそっと上げ、今度は額に唇を落とした。その目はまた閉じられている。
「――っ」
 泰明は思わず身を強張らせた。だが、不快に思っているわけではない。表情は見えないが、触れている箇所か
ら晴明の温かさを感じる。
「……泰明」
 しばらくして、晴明は再び顔の位置を戻した。開かれた穏やかな瞳に、泰明の鼓動は速くなる。
「お師匠……」
 その瞳に包まれているような安堵感を覚えながら、泰明は小さな声で目の前の人を呼んだ。


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