ゆを


 ゆっくりと、話せるとき。良く見える位置に、天狗を安らがせてくれる相手はいた。ゆっくりと、訊く。
「晴明、満ちるか?」
 目も合わせる。彼は、移らずに頷いてくれた。貴重なとき。
「ありがとう、天狗」
 杯を持つ美しい手。晴明は今をゆっくりと堪能しているらしい。静かに、呼吸する。
 庵に彼を案内している。先日、晴明が了承してくれた。夜は充分に残っている。ふたりで、休もう。
「ああ」
 間近に存在する微笑。天狗は味見を一旦止め、彼に少し寄る。
「祝宴の幕を引くか?」
 天狗のほぼ空いた杯に気付いたらしく、晴明が口を開く。
 美酒は随分得られているが、止めない。今の位置も、気に入っている。
 天狗は、首を横に振った。
「いや。安堵している表情に、寄りたくなる」
 目を逸らさずに、説明する。
 綺麗な微笑。穏やかな表情は珍しくないが、見惚れる。
 普段、晴明は双眸の奥に鋭さを宿している。今は、安らぎ以外に映るものがない。自分の隣を頼ってくれるら
しく、嬉しい。
 彼は、一瞬目を見開いてから知らせてくれた。
「距離はいらない。天狗に与える」
 更なる微笑を、見せてくれる。
「――ありがとう」
「いや。私も、胸が満たされる」
 晴明の笑みは崩れない。
 喜びの礼を選ぼう。天狗は頷きつつ、尋ねる。
「ちなみに、儂の礼は要らないか?」
 そっと、自分の唇に指を添える。距離は充分に詰まっている。今ならば、待ち時間もなく得られる。
 少し、驚きの色は見えたが。
「無論、貰おう」
 すぐに、了承の声が聞こえた。
 傍の杯を持ち、天狗は口に寄せる。美酒も味わえれば、きっと晴明は喜ぶ。
 彼の閉じられた瞳。美しさに、惹かれる。
 何度か呼吸して、晴明と唇を重ねた。


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