実現させる


「晴明」
 天狗は庵の入口へ視線を向けると、中にいるであろう彼に呼びかけた。
「天狗……来てくれたのか」
 ほどなくして、予想通り晴明が戸を開けてくれた。
 足を踏み入れ、後ろ手に戸を閉める。そして下駄を脱ぎ、彼とふたりで中に入る。
 晴明の導きに従ってその隣に座ってから、口を開いた。
「この時間ならば帰っているだろうと思ってな。毎年、大変だな」
 彼は昨年末から内裏で多数の儀に携わっていた。年の変わるこの時期、毎年のことではあるが、陰陽師は忙し
い。元日の暮れ方に、ようやく帰宅を許されるのだ。
「大切な任務だ。疲れはするが、嫌だとは思わない。それに……」
 晴明が、こちらに身体を寄せる。
 何か用でもあるのだろうか、と思ったとき、そっと頬に手を伸ばされた。
「――何だ、急に」
 目を見開き、尋ねる。
 彼は穏やかに笑いながら、返答した。
「お前に会ったら、疲れも和らいだ。その視線と温もりを、私にくれないか?」
 頬に添えた掌を、何度も動かす晴明。
 彼の願いだ。聞こう。
「――分かった。やろう」
 頬に伸ばされた手を、上からゆっくりと掴む。
 そして、晴明の瞳を覗き込みながら、その手首を自分の口元へと滑らせた。
 綺麗なその場所。強引に、唇を寄せた。
 久しぶりに、彼の温もりを感じる。
「……珍しい場所だな」
 しばらくして、その手首を解放したとき、晴明は呟いた。
 唇は綻んでいるが、瞬きもせず、彼はこちらを見ている。さすがに、少しは驚いたようだ。
「――今年もよろしくな、晴明」
 目を逸らさず、告げる。願いならば、いつでも聞く。だから今年も変わらず、傍にいて欲しい。
 彼の瞳も、真っ直ぐにこちらを見ている。そしてほどなくして、笑顔で頷いてくれた。


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