ぞだ


「――晴明。読めるぞ」
 天狗は邸の主を目に映し、囁いた。光は遮られているところ。夕闇が、更なる暗さを足している。
「さすがだ、天狗」
 声は消えることなく響く。門外で、後ろ側に背を託し彼は微笑んでいる。
 少し、邸の表口が遠くに見えた。
 今日は、晴明に招かれている。正門を視認し踏み込もうとしたとき、求めている彼はいつもの場所にはいない
ような気がした。直感は、信じる。すぐに、裏の門を確認すると決めた。案の定、今、晴明はいる。
「珍しい場所だな」
 天狗が呟く。普段は踏み込まないところで、少し休む。すると、彼は囁いた。
「天狗が笑ってくれれば嬉しいと思い、来た」
 綺麗に響く言葉。風は静まる。天狗が目を見開いた。余興のつもりらしい。
 深く呼吸し、そっと頷く。
「面白さは認める。だが、次は止めろ」
「嫌か?」
 知らされる質問。天狗は、小さく伝える。
「ないとは思うが、気付くことなく邸に踏み込み晴明と会えない場合、一瞬だろうが寂しくなる」
 もし、裏に彼はいると察知出来ず邸に移った場合、きっと不安が押し寄せる。共にいられることを願う相手。
会えないことを、寂しくないと嘯く余裕はない。
 静寂に包まれる。驚いた様子の晴明が映る。しばらく、言葉を待ったとき。
「すまない」
 小さな謝罪が聞こえた。天狗は頷く。怒りなど、不在だ。
「謝ってくれるなら、門まで並び向かうぞ」
 正面に、歩くのだ。天狗が、言葉を紡ぐ。
「了承した」
 彼の笑顔に、嬉しさは灯る。
 立ち止まり、見つめ合う。晴明と並ぶ。今の時刻なら、泰明も自らの庵にいるだろう。呼吸する。ふたりで、
歩む。足音も消えない。正門に、進んだ。


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